古武士・平野某の昔日談

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紹鴎や利休が数寄屋を追求していた時代は、また、一方で功名を求めて名もない武士たちが激しい戦いに明け暮れていた血腥い時代でもあった。

一握りの武将たちが城持ちとなる一方で、ほとんどの武士たちはそれを支えることで一生を終えていったに違いない。

武将たちが合戦の合間にできた一時の静謐を求める過程で様々な茶室が誕生してゆく背景には、対極に、時代の醸す殺伐とした風景が大事な要素として働いていたに違いないことを忘れがちだ。

 

戦国・関が原が遠い昔となった頃の話。

江戸城内に、高名な歴戦の古老・平野 某が珍しく登城してきたことを知った直参の若者たちが、武勇談の一つも聴けるよい機会と集まってきた。

 

初めは言葉少なに若者の問に応えていたが、そのうち思い澄ましたように語りだしたことには、

「自分などは勇気が足りないためこんな歳まで生きながらえてしまったが、本当に肝もすわり勇気のある者達は、みな真っ先に突っ込み次々と死んでいったので、いまはじぶんよりほか残っていないのだ。それを思えばまことに恥ずかしいことである」、と。(「常山紀談」)

 

かつて勇気のありかに挑みながら老残のいまは死者に向かい謙虚にならざるを得ないという、なんともすがすがしい姿勢で、大好きな話だ。一流アスリ-トの回顧談とも聞こえる。

一方、この記録ではこの平野某はさほどの出世をしたようでもない書きようで、その不器用さがまたこの伝える話のよいところだ。

 

 

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