炉灰の話
茶室の解体保存、或いは炉灰の話。
先日知り合いの設計事務所から聞かされた話だが、茶室解体を任せた工務店の監督に一言の注意を忘れたことから、炉の灰を処分されてしまったという。
施主の落胆ぶりはそばで見ていられない程酷いもので、針の蓆にいる気持ちとはあれだったと、この手ひどい失敗をしきりに反省していた。
無論、工事現場の人間が炉の灰の底取りができるわけのものではないから、炉縁・炉壇と同様、炉灰にも保存措置が必要なことだけでも、茶室を扱う者には知らせるべきだった。
だがそもそも、その程度の経験しかない工務店に茶室を任せたことが問題にはちがいない。
数奇屋の工務店選びは、監督・大工だけでなく、チ-ムとしてタッグを組むことになる左官・建具・経師・瓦師から設備業者まで一様に茶室への理解と施工精度が問題で、その力量を事前に見極めておく必要がある。
その時になって探し回るということはあり得ない。
茶室への理解といっても、職人が茶人であることまで期待するわけではなく、まずは予断のない学習心と謙虚さをもって望んでくれれば充分である。
さて、今日の灰の話の本題へ。
茶人は炉の灰をつくるために毎年土用の炎天下を汗みずくになって、せっせと灰作りに励んで炉開きの時期に備える。
先生クラスの6,70の年配の方なら、かれこれ3,40年の歳月を掛けて作り上げてきた大事な灰である。
手入れのよい灰なら古いほど良い。
茶道具屋へ行けば市販の風炉灰を買うこともできるが、それ程に手入れをされた灰の何が良いか。
まず黄褐色となった色がよい。市販の灰は青灰色をしている。
炉中で炭の火を浴びた灰はそれだけでも、序々にではあるが年々色づいてゆく。
さらに夏の手入れの時期に番茶や丁子の煮汁を掛けて色づけしたあとに、何段階もの入念な篩い作業があり、これを毎年繰り返していくことで滑らかな微細の粉に変わってゆく。
このような作業を繰り返して、とにかく手塩に掛けた自分好みの灰へと育ててきたものなのだ。
次の良さは灰型を作る際の、鏝の決まりが気持ちよい。
そこまで育った灰は、灰型を作ったときにぴったりとして鏝の決まりが良い。
これは灰の粒度が長年の手入れと篩いを経て非常に微細な滑らかさを持つに至ったことからくる結果なのだから、幾十年の歳月そのものの価値ともいえるものだ。
これを捨てられたら、もうその工務店に茶室を頼む気が失せて当然だ。
有名な話で、茶室が火にかかれば、茶室の主はまず何より炉の灰を取り出して逃げる、という位、よくできた灰は茶人の愛着のこもった一財産だ。
以上は建築とは無関係の裏の話のようではあるが、知らずには済まない話でもある。
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